公開: 2024年6月3日
更新: 2024年6月3日
2016年6月、イギリスでは英国が「EU(ヨーロッパ連合)から離脱すべきかどうか」を決定するための国民投票を実施しました。その結果、「離脱賛成票」が約52パーセント、「残留賛成票」が約48パーセントで、イギリスのEU離脱が正式に決まりました。この時、イギリス国民の多くは、ヨーロッパ大陸からイギリスに渡ってきた、中東からの数多くの避難民の流入に悩まされていました。避難民の受入れは、EUに加盟している国家にとっては、義務でした。
当時のイギリス国民にとっては、中東から避難してきた人々のために自分たちの税金が投入されていたことに不満を抱いていました。さらに、EUに加盟してる旧東欧諸国から、イギリスに「出稼ぎに来て」いた労働者も数多く居ました。外国人に自分たちの職業が奪われていると感じているイギリス国民も少なくありませんでした。このような社会情勢の中で、イギリス国民の中から、「EUから離脱すべきである」とする主張が生まれ、その声は、少しずつ大きくなりました。
当時、首相の座にあったジョンソン首相は、EU離脱問題を、国民投票にかけることを決定しました。この決定に従って、イギリスの国民投票が実施され、EU離脱が決まりました。しかし、イギリスの一部である北アイルランド地方と、陸続きで、EUからは離脱しないアイルランドとの間での、人々の行き来や、物の流通をどうするかなどの問題の処理は、離脱決定後の問題として残されました。
国民投票で、「離脱賛成」の票を投じた人々の中には、イギリス社会の変化を望んだ人も少なくなかったようです。しかし、離脱前には議論になっていなかった問題も多く、離脱後の経済的な影響は、予想よりもはるかに大きかったのです。特に、ヨーロッパ大陸の市場とイギリス市場が分断され、この間の物流が通関処理のために滞留し、新たに輸出入税が課せられるなどは、予測可能な問題ではありましたが、実際に税金が課せられるようになると、イギリス国民の生活への影響は、無視できない問題になりました。
さらに、ヨーロッパからの労働力の流入が途絶えたことで、イギリスの労働市場で労働力が不足したため、イギリスの経済規模を縮小させました。さらに、国外の企業が、ヨーロッパ市場での消費のために、生産施設をイギリス国内に設置していた例も多くありましたが、離脱後、生きがい生産になるため、輸入税の対象となることから、生産拠点をヨーロッパ大陸に移転するようになりました。このような外国企業の政策転換によって、イギリス国内での雇用が減少し、生産拠点での経済活動もなくなりました。
僅差であったとは言え、民主的な国民投票に基づいた選択だったとはいえ、その結果は、イギリス国民にとって正しい選択であったとは言えません。しかし、イギリスの社会は、離脱決定前の状態に戻すことはできません。民主主義が正常に機能するためには、国民が提示された問題の本質を正しく理解し、自分たちの投票の結果によって生じる問題を正しく予測し、冷静に理性的な選択をしなければならないのです。このことは、決して自然なものではなく、全ての国民に多大な努力を要求します。イギリスの例は、そのことを如実に示しています。